境内案内

境内案内図

境内案内図

境内に祀られている神社・祠

◇猿田彦神社・老松神社・白大夫神社(合祀)◇
猿田彦神社・老松神社・白大夫神社(合祀)
・石祠に猿田彦神社・裏面に正徳3年(1713)癸巳11月経始
 文政8年(1825)乙酉2月再脩の刻銘
・猿田彦神社は正徳3年(1713)11月本大工町勧請
・老松神社は寛延3年(1751)6月8日尾里傳左衛門勧請
・白大夫神社の御祭神は度會晴彦命(度會氏は伊勢神宮外宮に歴代奉仕した家)で安政4年(1857)古町齋藤英三郎社殿改修の記録がある[以上本田に向かって左側]

ページ最上部へ
◇菅原信清命◇
・第2代宮司で慶安4年(1651)から寛文3年(1666)まで在職
 現地松森天満宮としては初代となる

ページ最上部へ
◇米津稲荷大名神(爐糟町鎮守)◇
米津稲荷大名神(爐糟町鎮守)
・爐糟町鎮守の石祠は正殿裏にあり、その基壇に大正4年(1995)12月御迂(還)座の刻銘
・前面石の鳥居は今籠町天満宮から移設したもの




ページ最上部へ
◇今博多町天満宮・新大工町天満宮◇
今博多町天満宮・新大工町天満宮
今博多町天満宮
・昭和44年(1969)に今博多町から還座
 その際、正殿、拝殿、鳥居(昭和3年[1928]建立)等も移築
新大工町天満宮
・明治2年(1869)勧請し、明治29年(1896)重修され、今博多町天満宮の還座
後に、同社殿に合祀された

ページ最上部へ
◇寒神三柱神社(下西山・御祭神 八衢彦大神 八衢姫大神 衢立久那斗大神)◇
寒神三柱神社(下西山・御祭神 八衢彦大神 八衢姫大神 衢立久那斗大神)
・神の道様。
 鳥居には明治8年(1875)8月建立の刻銘





ページ最上部へ
◇五方殿◇
五方殿
・関係者の依頼により各地の神社を合祀する所






ページ最上部へ
◇大学稲荷大名神(小学稲荷大名神も)◇
大学稲荷大名神(小学稲荷大名神も)
・灯籠には丸に十字の紋章が入っている[以上、本殿に向かって右側]






ページ最上部へ
◇稲荷社(御祭神 玉崎稲荷大名神)◇
稲荷社(御祭神 玉崎稲荷大名神)
・石祠に文化13年(1816)柄子2月 祇樹現監口燈新添
 中村盛右衛門茂済・中村善右衛門仲熙 敬立の刻銘
 この中村父子が池に架かる石橋も寄進。
 珍しいカメの石燈籠がある[本殿の裏側]



ページ最上部へ
◇水神之霊靊◇
水神之霊靊
・鳥居には大正天皇御大典記念の刻銘 [老松殿の庭園]
ページ最上部へ

境内の文化財

◇正殿・拝殿◇
正殿・拝殿
・今から約3百年前・正徳3年(1713)築の建造物がほぼそのままで残る
 (職人尽[30枚]は県指定文化財)





ページ最上部へ
◇正門◇
正門
・延宝8年(1680)に中国人魏之琰(1617~1689)は福建省福州府福清県の人。
その先は鉅鹿(おうが)の出で鉅鹿氏を名乗った。
兄とともに安南(ベトナム)に移住し、白糸の貿易に従事し長崎との間を往復、のち長崎に住みついた。
崇福寺の大壇越として大雄宝殿の重層化や梵鐘等のために寄進したほか、毎年内裏で明楽を奏し、石橋(現常盤橋の位置)の架設もした。唐通事鉅鹿氏の祖 墓所西山

ページ最上部へ
◇石橋◇
石橋
延宝8年に出来た池には木橋が架かっていたが、文政元年(1818)前記中村氏の寄進により築造される





ページ最上部へ
◇クスノキ群◇
クスノキ群
・樹高20~25メートル・胸高幹囲最高7.8メートル
 市指定天然記念物





ページ最上部へ
◇舊川笹山磯翁記念碑◇
舊川笹山磯翁記念碑
・翁が笹山学者で教えた門弟は5千人を数える






ページ最上部へ
◇今博多町天満宮遺構(神殿・楼門・基壇)・今籠町天満宮遺構(鳥居)
◇このほか松竹梅の石燈籠や朝顔型の石盥などもある
長崎天神 松森天満宮 長崎県長崎市上西山4-3  TEL:095-822-7079 FAX:095-822-7099

由緒


祈願・お祓い


境内案内


職人尽


クスノキ郡


授与品


周辺紹介

学問の神様
松森天満宮
まつのもりてんまんぐう
長崎市上西山4-3
電話:095-822-7079
FAX: 095-822-7099
ページ最上部へ