周辺紹介

料亭 富貴楼

料亭 富貴楼
閑静な松の森神社境内わきにある老舗料亭「富貴樓」 創業百有余年、古色豊かな純和風の店構えの中に老舗ムードが漂う。
百畳敷きの大広間をはじめ、大・小の八部屋を擁する当亭には貴族方・内外高官も来亭した。
 富貴樓の前身は千秋亭・吉田屋とも云い、寛政時代には「崎陽松の森千秋亭」で知られる有数の料理屋として栄えた。
明治二十年内田トミが譲り受け富士亭と改めた。明治二十二年(1889)二月、ときの内閣総理大臣伊藤博文公来亭の折、豪華に咲き競う前庭の牡丹花を賞で、それまでの富士亭を改め、内田トミの「富」をとり「富貴樓」と称するように薦められたで、トミは有り難くお受けして、以後、これを屋号とした。内田トミと牡丹花がこの料亭の名物だったからである。
料理のメーンは二百有余年の伝統の技で作る長崎の郷土料理「卓袱料理」(富貴樓では[卓子料理]と称す)この伝統の味を求めて県内はもとより、県外からも多くの来亭者がある。
1999年 長崎市都市景観賞
2007年 文化庁 登録有形文化財登録
2008年 長崎県まちづくり景観資産登録
長崎市上西山5-4
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眼鏡橋

眼鏡橋
我国最古の石造アーチ橋。
1634年に興福寺唐僧子禅師(とうそうもくしぜんし)によって架設された。川面に写るその姿から「めがね橋」と親しまれてきた橋である。
1960年に国の重要文化財に指定された。長崎の石橋のなかで本物の石橋はこの橋と桃渓橋と袋橋のみである。
・形式:1連の石造アーチ
・橋長:22m
・橋幅:3.65m
・橋高:5.46m
・完成:寛永11年(1634年)
長崎県長崎市魚の町
JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統で4分、公会堂前電停下車、徒歩5分
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史跡・出島

史跡・出島
出島は、江戸時代の鎖国期、日本と西欧を結ぶ唯一の窓口であり、経済・文化・学術の交流を拠点として、日本の近代化に大きく貢献した人工島です。
長崎市では今、その歴史的価値を未来に残そうと、出島復元整備事業が進んでおり、平成18年春には「カピタン部屋」「水門」等の5棟が完成。
建物の復元とあわせて石垣などの周辺整備も進められています。
長崎市出島町6番1号
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孔子廟

孔子廟
中国華南と華北の建築様式が合体した廟宇。
72賢人石像や孔子像などすべて中国からの取り寄せで、博物館には北京故宮博物院及び国立中国歴史博物館提供の国宝級の文化財を展示しています。 長崎市大浦町10-36
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大浦天主堂

大浦天主堂
慶応元年(1865年)建築。
ステンドグラスが印象的なこの教会は、別名フランス寺とも呼ばれ、日本最古の木造ゴシック建築様式で国宝に指定されています。
長崎県長崎市南山手5番3号
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グラバー園

グラバー園
日本の近代化に貢献した英国人グラバーの邸宅をはじめとする洋館群、日本初の西洋料理店などとともに、頂上の旧三菱第2ドックハウスからは長崎港の景観も楽しめます。
長崎市南山手8-1
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平和公園 平和記念像

平和公園 平和記念像
原爆中心地の北側の丘に造られた公園。
園内には、平和を願い原爆犠牲者を追悼する平和祈念像をはじめ、水を求めて苦しみながら死んでいった人々に捧げる平和の泉、世界各国から平和を願って贈られたモニュメントなどがあり、平和都市長崎のシンボル的な存在となっています。
長崎県長崎市松山町9
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長崎原爆資料館

長崎原爆資料館
被爆50周年記念事業として建設され、平成8年4月に開館しました。
旧館の約2.2倍の展示面積をもち、大型被災資料や浦上天主堂一部復元模型など、核兵器の脅威と非人道性、戦争の悲惨さを最新の映像・音響機器等で訴えています。
長崎市平野町7番8号
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長崎天神 松森天満宮 長崎県長崎市上西山4-3  TEL:095-822-7079 FAX:095-822-7099

由緒


祈願・お祓い


境内案内


職人尽


クスノキ郡


授与品


周辺紹介

学問の神様
松森天満宮
まつのもりてんまんぐう
長崎市上西山4-3
電話:095-822-7079
FAX: 095-822-7099
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