猿田彦神社・老松神社・白大夫神社(合祀)
・石祠に猿田彦神社・裏面に正徳3年(1713)癸巳11月経始 文政8年(1825)乙酉2月再脩の刻銘
・猿田彦神社は正徳3年(1713)11月本大工町勧請
・老松神社は寛延3年(1751)6月8日尾里傳左衛門勧請
・白大夫神社の御祭神は度會晴彦命(度會氏は伊勢神宮外宮に歴代奉仕した家)で安政4年(1857)古町齋藤英三郎社殿改修の記録がある「以上本田に向かって左側」
・石祠に猿田彦神社・裏面に正徳3年(1713)癸巳11月経始 文政8年(1825)乙酉2月再脩の刻銘
・猿田彦神社は正徳3年(1713)11月本大工町勧請
・老松神社は寛延3年(1751)6月8日尾里傳左衛門勧請
・白大夫神社の御祭神は度會晴彦命(度會氏は伊勢神宮外宮に歴代奉仕した家)で安政4年(1857)古町齋藤英三郎社殿改修の記録がある「以上本田に向かって左側」
爐糟町鎮守の石祠は正殿裏にあり、その基壇に大正4年(1995)12月御迂(還)座の刻銘
前面石の鳥居は今籠町天満宮から移設したもの
【今博多町天満宮】
昭和44年(1969)に今博多町から還座
その際、正殿、拝殿、鳥居(昭和3年[1928]建立)等も移築
【新大工町天満宮】
明治2年(1869)勧請し、明治29年(1896)重修され、今博多町天満宮の還座後に、同社殿に合祀された
神の道様。
鳥居には明治8年(1875)8月建立の刻銘
関係者の依頼により各地の神社を合祀する所
灯籠には丸に十字の紋章が入っている
*以上、本殿に向かって右側
石祠に文化13年(1816)柄子2月 祇樹現監口燈新添
中村盛右衛門茂済・中村善右衛門仲熙 敬立の刻銘
この中村父子が池に架かる石橋も寄進。
珍しいカメの石燈籠がある。
*本殿の裏側
鳥居には大正天皇御大典記念の刻銘 [老松殿の庭園]
*本殿の裏側
今から約3百年前・正徳3年(1713)築の建造物がほぼそのままで残る
(職人尽[30枚]は県指定文化財)
延宝8年に出来た池には木橋が架かっていたが、文政元年(1818)前記中村氏の寄進により築造される
延宝8年に出来た池には木橋が架かっていたが、文政元年(1818)前記中村氏の寄進により築造される
樹高20~25メートル・胸高幹囲最高7.8メートル
長崎市指定天然記念物
今博多町天満宮遺構(神殿・楼門・基壇)・今籠町天満宮遺構(鳥居)
このほか松竹梅の石燈籠や朝顔型の石盥などもある